自分でも何が何だか分からない

最後に笑おう、でも今から笑おう

三つ子の魂百まで。

こんなブログ、誰が読むか分からないけど、

書く、ただ書く。

 

僕は祖父母っこ。そんな僕について。

 

祖父母っこは三文安、なんて言う。

昔、その言葉を知って傷付いたなー。

 

母方の祖母は、結婚をしたら当然の様に姑と同居したそうな。新婚さん息苦しかったろう。

そして、母が産まれると、その姑が母を寵愛。

母の妹(僕にとっての叔母)を祖母が寵愛。

という歪んだ家族が出来上がった。

その後、20年経たず祖母の旦那(祖父)死去。

そして、後を追うかのように姑死去。

 

2人の娘は当時大学生、辛うじて亡くなった父の知り合いに紹介してもらった会社にしぶしぶ入社する。

ただ時代はバブル、最高な社会人だってさ。

その後、母は父と見合い結婚をする。

 

今思うと、娘たちの花嫁姿を見ずに死んだ祖父、どんな気持ちだったのだろう。

そして、嫁に母親と娘達女に囲まれた私生活、僕やいとこ達男どもをもし見れたら、どのような気持ちを抱くのだろうか…。

 

 

僕が生まれて2年、母が体調を崩し長期入院。

僕、母方の祖母家と父方の祖父母家に預けられ、両家を行き来する。

母方の祖母家、大好きでした。ペルシャ猫が住む庭付き戸建、大きな柿の木、近くの丘から海が見え、よくお出掛けしました。懐かしい。

 

ただ覚えてないが、それでも本物の母を恋しがり、何度か祖母家を脱走して、パトカーに保護された、なんてことがあったとか…。

祖母には、まるで本物の母親の様に愛を注いでもらいました、そこに運命というか、鎖の連なりを感じます。

 

母方の祖母にとって私は初孫であり、母が長期入院の件もあってか、沢山の愛情を受けたことは事実。

そのためか、学生や社会人など、年々増す私への期待は重く重く。結婚や孫、昇進…

こちらは、昔の様にただ話をしたい・ただ愛して欲しい、という僕の思いとは裏腹に、いわゆる世間一般的な平均的で順風満帆な人生を期待され、ただただ重くなってゆきました。

 

 

父方の祖父母にも可愛がってもらいました。

何より祖父がいる、ということが新鮮でしたし、僕が大学生の時に亡くなりましたが大好きでした。

 

小学生の頃かな…家を訪ねた時のこと

母は旦那にご飯を作っているのか、きちんと掃除はしているのか、夫婦仲は良いのか…などを聞かれ、子供心によく答えようと120%盛って答えたりとか。

 

去年のこと、父方の祖母と2人で食事をした帰り、食後でリラックスをしたからか。

急に、「息子と嫁さんのお見合いの話、勧めたし結婚も賛成したけど、本当は辞めさせた方が良かったかもね。」と言われた時は本当にもう、何も言えなかっただけでなく、ただただ傷付いた。

 

自分の存在ってなんなんだろう、
僕はなんのために生まれたのか、
結婚時に理想の様に語られる愛って…

僕のこの命はどうなんだ…と。

 

反論しても良かったけど、そこで気付いてしまった。

僕の親達自身が、親の意向に従って生きてきたのだと気付いたのだ。

そして、知らず知らずの内に振る舞われる姿に、親やさらにその上の世代から脈々と受け継いだ負の鎖が見えてしまったから。

 

 

そして、改めて怖くなった。

そんな人たちの何かを受け継ぎ僕があり、知らず知らずに自分が同じ様な振る舞いをしているかもしれない、ということに。